ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

人は通わないとすぐ○ぬ

2017年下半期も、そろそろ下半身に突入する今日この頃。こんばんは、とぅみーろです。と思ったらもう朝6時でしたおはようございます。

 

ぼくの(規則正しい)なつやすみ

朝6時に書いといて何なんですが、ここ数年の長期休暇の中で最も規則正しい生活をしていました。といっても、今年の夏休みはおそらく人生最後の夏休みなので、今後規則正しい長期休暇を過ごせる見込みは限りなくゼロに近いゼロです(ゼロじゃん)。

規則正しいといっても、毎日深夜2時に寝て朝11時に起きるような生活だったのですが。とはいえ睡眠の時間帯が固定されている以上、人はこの生活を指して「規則正しい」と、声を大にして言わねばなりません。

毎年夏休みは大して予定も作れず、暇と時間を持て余してばかりだったのですが、今年は生活のため、バイト、バイト、&バイト、からのバイト、でありました。

ほぼ毎日のようにバイト先に通っていた結果として、我がライフスタイルにそれなりに規則正しい生活をあたたかく迎え入れることになったわけです。

 

長期休暇はいつも地獄

さて、長期休暇、通う場所もなく予定もないとなると、人はどうしてもげんなりせざるを得ません。経験ある人とはこの感情をシェアハピできるだろうし、一方で経験ない人にはさっぱりドッキリやっぱりきっぱり分からないかもしれません。

空白の長期休暇は地獄であり、外に行く機会はないし、人と会うこともないしで、脳にとって生活に支障を来たすレヴェルで低刺激な生活に陥りがちです。そしてそんな毎日の空疎な虚無感を埋め尽くそうとして、何をするわけでもないのに夜更かしをし、翌朝は午前中を無駄にした後悔から始まり、そしてそして……と負のエネループへと見事にハマっていくわけです。

そんな長期休暇を繰り返して来たせいで、長期休暇のありがたみがあまりピンと来ない人生を歩んできました。

 

通う場所ないと規則正しくならなくない?

しかし現在、理由こそなんであれ、少なくともバイト先に通う必要があるため、通う場所があり、毎日外出して自宅から最寄り駅まで歩き、バイト先で多少のおしゃべりをし、そして帰る寝る起きるはじめに戻るという生活をしていますが、これがどれだけ人間にとってポジティブな影響を与えることか。

規則正しい生活が、どれだけ生活の様々な面でやりやすくしてくれることか。睡眠時間が確保されるから、疲れもとりやすい。習慣的に荷物を整理できるから、忘れ物もない。時間のない朝の行動もルーティン化されてくるからより効率的になる、など。

こうした生活から生まれる心の余裕で、どれだけ安定的なマインドでいられることか。そしてたいていの怠惰な人間にとって、こうした生活を独力で手にすることがどれだけ難しいことか。

通う場所があることの貴重さをこうして実感したのは、浪人を終え3年ぶりに社会復帰したとき、すなわち大学に入学したとき以来かもしれません。

 

人は通わないとすぐ○ぬ

というわけで、なんだかんだで休職中・求職中の人も、自律が求められる自営の人・フリーランスの人も、頑なに「働きたくないでござる!にんにん!!」と唱えるニートでも、生活の中心となる場が「自宅」となってしまい、かつそこからあまりよろしくない影響を受けてしまう人は、なんでもいいので、通う場所を見つけてほしいなと思いました。

習い事を始めるのでも、朝マックでもスタバでもいいので、とにかく自宅を出て、数時間を自宅外で過ごすということを習慣づけることで、規則正しい生活をゲットし、ついでにハッピィもゲットしましょう。

自分の人生の基礎概念として「いつ何が起こるか分からない」というアイディアがあるので、今後、社会の荒波で揉みつ揉まれつして消耗していったとき、そしてそこから回復する際には、「通う場所を見つける」という点を意識してみたいな、と思ったバイト漬けの夏でした。

 

おわり

自宅という場所は世界で最も平穏を与える場所としてノーベル平和賞にノミネートされていますが、一方でその中であまりに無為な時間を過ごしてしまうと、反対に自らを閉じ込めてしまう檻と化してしまう節がなきにしもあらずんばな、逆説的プレイスです。未だイヤイヤ期が続くみなさまも、今日も一日なんとかしてベッドから出て、元気出していきましょう、エーザイ