ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

人と話してランダムネスゲットでエナジーを得たいゾ

こんばんは。今月はゼミカツ!で頑張っているとぅみーろです。自分としてはめっちゃ頑張ってるからきれいなおねいさんに全力で褒めてほしい……おねいさん褒めて……。

今日は「人と話すとエネルギーもらえるよね〜」っていう以上の話はないです。以下はおよそクソキリンの近況です。

 

2016年ももうクオーターが過ぎ、春休みとかいう大学生特有のヤバい長期休暇もそろそろ幕を閉じます。アクティブに過ごしたかったのですが、ほとんど何もしていないのが現実です。バイトちょっとやって、ちょっと勉強して、あとはゼミカツ!を頑張っています。ゼミカツ!はたぶん大したことないんですけど、人をまとめたり調整したりするのは低キャパガチ勢にとってはそれなりに大変でそれなりに頑張ってるので、やっぱりきれいなおねいさんに全力で褒めてほしい……おねいさん褒めて……お願い……お願いしすぎて懇願……

さて、僕が三浪して大学に入学した時点で年上の女子大生おねいさんなど皆無であったことはさておき、ゼミカツ!やバイト以外に普段何をしているのかといえば、やっぱり特筆できるようなことは何もしていないんですよね。最近は、Amazonステュウーデントの特権を活かし、Amazonプライムビデオで『ゆるゆり』を3期分全部見たりしてます。そしてゆるゆりを見終えた今は、海外ドラマの火付け役、24を見ています。ジャック・バウアーがすごくっょぃので、っぇ〜と思いながら見ています。終わらないビデオコンテンツの旅です。まああとはちょっと勉強したり、スタバ行ったり。もっともっともっと勉強したいんですけどね、勉強できないんですよ。ぐぬぬ

 

そんなかんじでお察しの通り、相変わらず人と話す機会が少なくてですね。4日5日人と話さないとかザラにあるわけで、ずっとお口チャックマンです。それゆえ、感動も、考えてることも、誰ともシァエできない毎日が何日も続いています。何かを伝えたいときに誰も伝える人がいないのって、悲しみの極みです。それに加えバイトも人と話さない仕事なので、すごくアレなんです。ほら、コミュ力の低さがだんだん伝わってきたでしょう?人に何かを伝達する機会が少なくて、どんどんコミュ力の低みがヤバみで焦りみの極みです。

こんな生活、えげつなくないですか?えげつないですよね。そうなんです、えげつないんです。えげつないので四六時中エゲッ!エゲッ!と鳴いていたい気持ちもあるんですが、もうそういうことはやめたんです。

 

人と話さないと、本当にエネルギーをもらえません。まったくもってやる気が出ないのです。人と話したとき(例えばゼミカツ!でゼミの人と話したとき)なんかは結構一日を有意義にできたりするんですけれど。そうでないときは本当に何もできなくて、自己嫌悪に陥ったりします。

先述のように、プライムビデオで刺激的なゆるい百合アニメや刺激的なテロ対ドラマを見たり、TSUTAYAで映画借りたりとか、映画館行ったりとか、スタバでスタバの新作❤を飲んだりとか。スタバ大好き。

まあそんな生活の一面を見ると、「なんだ、それなりに楽しい生活してるんじゃん」と表面的には思えるのですが、しかしながら実際はすごく退屈で、すごく刺激のない生活です。

こうして色々なコンテンツから刺激を得てもやはり、人が刺激を得られるのは物からではなく人からなんだな、と思います。どんなコンテンツも、人が持つランダムネスには勝てないですよ。

ついこの間、人工知能囲碁において圧倒的差を見せつけて人類を超越したりもしましたが、それでもやっぱり突拍子もないことを思いつくのは人間のほうが圧倒的にできますよね。人間の思考にはランダムネスがあり、したがって人間はものすごくランダムな生き物なわけです。

人と接するというのは、ランダムネスに触れるということであり、それがすごく刺激的なんです。目の前にいる何考えてるかよく分かんない人間が、その意志をもってして何かを考え、そして自分に向かって何か言葉を投げかける。そんなプロセスが、たまらなく刺激的に思います。

で、そんな刺激こそが、人を人たらしめ、人に活力を与えるんだなあ、と。映画や音楽や読書といった娯楽は息抜きには向いているのかもしれないですが、人に何かを実行させるような活力を与えるには、なんだか物足りない気がします。

 

というわけで、人と話したいんですけど、雑談は苦手だし、話す人もなかなかいなくて、困り果ておじさんと化しています。人と話す機会は待ってるだけじゃダメということぐらい分かってるのですが、自信なかったりなんだりで人を誘ったりするのはまだまだできなくて。畏れ多いんですよね。それに、いざ話すとなるとたいてい久しぶりすぎてすごく疲れたり……ぐぬぬ……。

限りある人生をもうちょっと有意義にするためにも、もっと日常的に人と話す機会があれば頑張れる気がするのになあと感じています。

長い年月を一人で過ごした代償、すなわち雑談の術を完全に忘れてしまったということはあまりにも大きい……みたいなかんじです。

でも全く話せないわけではなくて、実際ゼミでも話したり、たまに友人と遊ぶ機会があれば人並み弱ぐらいには話せるので、希望は捨ててないです。これから、いっぱいがんばって、いっぱいはなせるように、ぼくは、がんばりたいです。

人といつでも話せるような、人と話す機会の少なさで悩んだことのない人がちょー羨ましいです。ちょー羨ましいので、ちょー恨めしい目をしたまま今日のエントリーを終えることとします。あー人と話したい。人と話したすぎてビルが建つ。