ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

少し人と距離を置いたほうがいいのかもしれない

何度でも言いますが、僕は人付き合いが苦手です。短期的にも長期的にも苦手です。とにかく人と上手に付き合っていくというのがどうも苦手らしい。

 

なぜコミュ力が欠けてるのだろうかとはちらほら考えたりしますが、やっぱりよく分からないです。これは、数学が苦手な人がなぜ自分が数学が苦手なのか分からないというのと同じなのかなあなんて思います。コミュ力がある人が僕を見れば、何が問題でどうすれば改善するかなんて手に取るように分かるのかもしれませんが。

 

人と上手く付き合えない理由は複合的なものであって、きっぱり「コレだ!」と答えられるようなものでもないとは思いますが、最近思うのは、僕が思う「人との最適な距離感」というのが、他人からすれば近すぎるのではないか、ということです。

 

ここ数年の僕の人間関係は、僕の彼女と、10年以上の付き合いの友人という2人で構成されています。どちらも非常に近い距離感を可能にしうる関係性だと思います。少なくとも何回か遊んだことのある友達などよりかは、ずっと深い関係性だと思います。

 

ここでふと思い出すのが、むかし読んだ心理学系の本に書かれていた、「ヤマアラシのジレンマ」という話。

 

2匹のヤマアラシがいて、寒いからか、あるいは寂しいからか(どっちか忘れた)、お互いが近づこうとする。でもヤマアラシはトゲトゲしてるから、近づこうとするとお互いが痛い思いをするから近づけない。でも離れてしまうと近づきたくなる。そんなジレンマが、人間関係にも言えるよね~みたいな話。

 

もしかしたら、自分が相手に近づきすぎているから、相手も自分も嫌な思いをするのかもしれない。すなわち自分が最適だと思う距離感は、他人が最適と思う距離感と異なっているのかもしれない。その想定のギャップこそが人付き合いを上手くいかなくしているのかもしれない。もう少し距離を置いて人と接したほうがいいのかもしれない。なんてことを、ヤマアラシのジレンマの話を思い出しながら考えていました。

 

そしてこれはまた別の視点から考えてもそのように思えました。

 

大学に入ってから、人と人との距離感が今までのスクールライフと違うなと感じています。中学・高校よりももっとゆるくて薄い関係というか。人と人とのつながりが不明確で緩い。入学前から想像してはいましたが、なるほどこんなかんじなのか、と日々実感しているところです。

 

以前であれば、同じ集団であれば、できることなら「もっと親しい関係性になりたい」とか「もっと深い仲になりたい」などと思っていたのですが、大学に入ってこういう言わば希薄な関係の中で人付き合いをしているうちに、意外とこっちのほうが自分にとっても相手にとっても心地いいのかもしれないなと思うようになりました。少なくともコミュ力の低い自分にとっては。

 

名前が分からない相手のめちゃくちゃどうでもいい話に対して適当に「そうなんだ!」と反応し「アハハ~」と笑っていれば、相手も自分も適当にそこそこ楽しい。社交辞令が上手いこと機能している状況、みたいな。

 

それから、関係性が希薄である以上、それなりの礼儀が求められる。「超えちゃいけないライン、考えろよ」みたいなのが自然発生的に出てくるから、僕のような人間の機微に疎い人間が相手にとって不快なことを発言したり話題にしたりはしにくくなる。「親しき仲にも礼儀あり」とは言えど、心理的に近い距離感にある相手に対してはやっぱり多少失礼な発言やセンシティブな話題にも触れやすい…と思う(ちなみにこれは特に年齢が若ければ若いほどありうることだと思う)。でも希薄な関係だとこういうこともやりにくい。よって自分も相手も傷つく可能性が低い。

 

 

長くなってしまいましたがまとめると、希薄な関係ではお互いに傷つきにくいしお互いにそこそこ楽しめるということに気付いたし、自分が理想とする距離感は他人からすれば近すぎる可能性があると気付いた以上、これからは少し意識的に人との距離を置いたほうがお互いハッピーに共存できるのかもな、という話です。仲良くなろうとするんじゃなくて、一歩引き下がったところで人と接するようにしよう、というか。

 

傷つけたいわけじゃないのに相手を傷つけてしまうようなことがすごく多いし、相手を傷つけてしまったかもしれないとあとで気付くとハイパー自己嫌悪マンになってしまうので、こうして一歩引いて人と接することで相手も自分もできるだけ傷つけずに生きていきたいです。わざとじゃないんです、ごめんなさい。