ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

「挑戦できる人間」になれそうな、ありがた~い言葉

こんばんは。先週は映画観たり映画観たり映画観たりしてたいへん充実した1週間を過ごしていましたが、近頃の溜まっている疲れと短い睡眠時間のせいで、本日はのどが痛くて風邪気味でございます。それにつけても季節の変わり目の体調の崩しやすさよ。

 

僕は基本的に引きこもり志向で、新しい場所に行ったり何かに挑戦したりするのは極端に苦手なのですが、せっかく手に入れた大学生という成功への切符を無駄にしたくもないし、できるだけ挑戦しようと、ときたま奮闘しております。最近でいうと、辞めようかと思っていたサークルを続けようとしたり、クラスのBBQへの参加表明をしたり。人と話すのは苦手だし、特に複数人との状況だなんて苦手だけれど、そうも言ってられないよなあと思って頑張って参加してみるわけです。成長したなあ(涙)

 

ところが、周りの大学生たちの話を聞いている限り、そんな頑張っている僕よりももっとたくさんの経験をもうすでにしているようだし、きっとこれから先においても僕より質・量ともに上回る経験をすると思います。もちろん、だからといってそれに追いつけ追い越せエイエイオーと頑張るべきだとは思わないし、「うちはうちよそはよそ理論」で、まさに自分自身が楽しいとか心地よいと思えることをしていけばいいと思います。

 

それでもやはり、挑戦を重ねていく中で精神的に成長していったほうがきっと楽しいし価値あるものになることは間違いないと思うわけです。

 

そういう挑戦とかっていうものは僕みたいな引きこもり志向の強い人間にとっては苦痛でしかないし、実際多くの場面で避けて通ろうとする道なんだけど、それでも挑戦したほうがいいという気持ちは消えない。「そりゃできるならしたほうがいいよね」というか。

 

で、僕のような行動力が低い石みたいな人間がいろんなことに挑戦するにはどうしたらいいんだろうなあなどと思っていたら、天界におはします神様から「1日に10回の失敗しなさい」という啓示を頂戴しました。神様ありがとう。僕はライトな無神論者です。

 

挑戦って要は自分のキャパシティを超えた何かをしてみるという行為であり、そこには常に失敗するリスクがチラリちらほらチラリズムなわけです。それは行動力がある程度ある人にとっては「ウェ~~~、ウェ、ウェ~~~~~」と言っていれば怖くないらしいですが、僕のような人間にとってはとても怖いものに見えているのでしょう。そうして「ごめん、その日は用事あるんだ~」と嘘をつき、おうちで一人、延々とTwitterしたりするわけです。

 

でも「1日に10回失敗しなさい」と命令することで、失敗や失敗する自分を肯定できるようになるわけです。さらに言うと、みなさんもそうだとは思うのですが、1日に10回も大きな失敗することってそうそうないわけです。だから果敢に挑戦していかないと1日10回失敗するというミッションは達成できないのです。挑戦して全部失敗するとも考えられないし、1日に10回の失敗をしたとき、あなたはその日1日でどれぐらい挑戦をしたのでしょう。それを1ヶ月続けたら、あなたはどれぐらい成長しているのでしょう。なんて考えてたら前向きになれるし、ワクワクがワクワクさんですね。

 

というわけで、これからの4年間でたくさん挑戦できるよう、「1日10回失敗してみよう」と思って生きていくことにします。小さなことから変えていけば、きっとなんかいいかんじになるはず。みなさんもいいかんじに頑張ってください。世界に愛とラヴを。応援しています。