ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

文章量に合わせて思考が最適化されるかんじ

こんばんは、こんにちは、おはようございます。今日は朝から晩まで少しもツイていないとぅみーろです。グラタンを床にぶちまけたり、1日で3回も寝たり、行きに使った自転車の存在を忘れて歩いて帰ったり……。疲れてるのかな。ぜんぶ低気圧が悪い。

 

大学生活にもいささかながら慣れたものですから、5月に入ってからは「そういえばブログ書きたいなあ」などと来る日も来る日も思ってたりするのですが、書く習慣が形成されていないゆえ、なかなか書けていません。もっといろいろしょうもないこと書きたいのに!

 

相も変わらずTwitterでツイートばかりしてるのですが、Twitterだと結構アレコレ書けるんですよね。自分のツイートをたまに見返してみると、もう少し深めればブログに書けそうな内容のことをポツポツとつぶやいているのです。つまり、ブログのネタのきっかけになるようなことはそれなりに日頃から考えているわけです。

 

しかしながらブログはほとんど書いていません。そして昔ブログを頻繁に書いていた頃にも、これと全く同じ状況(ブログは更新せず、ツイートばかりしている状況)がありました。

 

で、そのときに思ったのが、思考がツイートに最適化してしまっているということ。

 

ブログには文字数制限なんてもちろんないわけですが、Twitterだと140字という制約があります。Twitterばかりしているときは、頭の中にふっと思い浮かんだ何かネタになるようなことをアウトプットしようと思ったときに、頭の中で自然と思いつく文章構成がツイートに最適化されているっぽいのです。

 

140字しか書けないツイートでも、連続してツイートすることは可能ですが、それだとインパクトに欠けてツイートの価値が半減してしまいます(しますよね?)。よってできるだけ1ツイートにまとめようとするわけですが、そこで140字の制約がかかってきて、頭の中で草稿をふわふわと考えるときに、脳ができるだけ簡潔な展開を書いていこうとするのです。

 

Twitterばかりしていると、こういった思考が140字という枠組みの中でしか行われない癖がついてしまって、「あっこれブログに書けそう!」と思っていざ書き始めてみると、思いの外短い文章量で済んでしまったりするのです。なんかもっと深いこと書けるはずだったのに、書いてみるとものすごくあっさりと言いたいことを書き終えてしまうのです。

 

短すぎるとさすがに公開する気が失せて更新しないですし、それによって長文を書く機会をますます失っていくわけで、脳が思考を長文に最適化する能力もだんだん衰えていくわけです。ブログ更新の負のスパイラルというか。

 

まあ要は「数を重ねていけばそれに適応していく」ってことですし、当たり前と言えば当たり前なんですけどね。そういうことを改めて実感しているわけです。

 

そんなわけで、長い文章を書けるようになりたければ短い文章を書くのはほどほどにしておいたほうがいいんだろうなあ。なんて思いながら、今日も今日とて僕は有益でも面白くもないツイートを、ただただ重ねていくのであります。