ノーオッケーすぎる

既婚ITエンジニアが、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

飲み会は異文化すぎて理解できそうにない

久しぶりウェイ!なんか書きたいなーとか思いながら書くことなさすぎて更新停滞ウェイ!夜更かしの勢いだけで、いつもの倍ぐらい適当に書きます。

 

さっき、飲み会がだるい~みたいなブログを読んだ。なるほど。社会人になると先輩にお酒注いで回らなきゃならないのか。なるほど。そりゃあだるいね。

 

僕は現在21歳でアルコホールの摂取が法的に許されているわけなんだけど、実際のところ下戸なので飲めない。一滴も飲めないわけじゃないけど、ほろよい1缶を時間をかけて飲むのが限界である。1度ビール2本とウイスキー200mlぐらい飲んで吐いたことがあったけど、歩けないし呂律が回らなくなりながらも「アハン、これが“酔い”ね」と冷静に思っていたのを覚えている。まあこれはこれで楽しかったのでよしとする。

 

そんな下戸だしコミュ障だしおともだちいないしお金ないしニートだしで、今までそれらしい飲み会という飲み会に参加したことが1度もない。記憶の限り。

 

居酒屋自体には何度か行ったことがあるけど、席に着いてすぐ、頼んでもいないのに一品運ばれてきたときには「ちょっとち店員さん(笑)頼んでないですよ~^^;;;」と言いたくなった。お通しとかいう謎システム、これも本当に謎である。なぜみんなすんなりと受け入れられているのかさっぱり分からない。人類は進化のどの過程でお通しという慣習を受け入れるようになったのだろうか。“そういう慣習だから”というならば、僕も“そういう慣習だから”ということで好き勝手生きていきたい。

 

話がちょっと逸れちゃったけど、とにかく飲み会とか行ったことないので、飲み会の暗黙のルールとか全く分からない。飲みニケーションという言葉があるくらいだし、今後うまいこと社会に出られたとしたらお酒の席に着かなければならないこともあると思うんだけど、でもそういう暗黙のルールが分からないし、やる必要性も分からない。

 

だってなんでわざわざ人にお酒を注いでやらなきゃならないの?自分で注げないの?注げるとしたら自分で注げばよくない?そのほうが自分が飲みたいタイミングで飲みたいだけ飲めるじゃん。「アイツは酒も注げねえ」みたいな不満持つ人がいるならば、自分で注げばいいと思う。もはや七不思議である。

 

先輩や上司の何度も聞かされたクソつまらない話を聞くのはまだ分かる。でもお酌をするのはワケワカメすぎる。どうしてそんなことする必要があるのだ。そしてなぜみんな受け入れられたのだ。まあ、そういう慣習がある以上、それに従ったほうが合理的であるという理由は分かるけど、そうじゃなくってさ。

 

あと一本締めとか、コールとかも謎なルールの1つ。最後に手を叩く意味が本当に分からない。宗教的ななにかに近いものを感じる。改めて問いたいけどなぜ手を叩くのですか。見るのも気持ち悪いしやるのも気持ち悪い。こういうのを見ると、その人が異星人に見えてしまう。

 

たぶん、自分が知らないだけでその他にもお酒の場での暗黙のルールや独特のノリ・空気というのはいっぱいあるんだろう。大人も皆最初は戸惑いつつも、ソレはソレ理論で受け入れてきたのかもしれない。でも、お酒を飲めず飲み会の機会がない僕からしたら、そういうのはアメリカのチップ文化みたいな奇異なものとして目に映る(チップは今やそんなに違和感あるものではないけどね)。

 

こういうときこそクリティカル・シンキングの出番なのではないか。根本から疑問を投げかけて、大人には改めて考えてみてほしいなと思った。自分ももう大人なんだけどね…。アルハラとかもあるし、お酒の飲み方というものにも柔軟性をもたせたほうが、楽になる人は結構いるんじゃないかな。

 

あと数日が過ぎ4月になって大学生となったら、たぶんサークルの新歓とかいう飲み会があったりするんだろうけど、やだなー。ずっとトイザらスキッズでいたいよ。