ノーオッケーすぎる

25歳文系大学4年生が、思ったこと・日々の生活などを雑に書きます。

ファッションメンヘラという幻想

こんばんは。診断はもらってないけど精神がすごくアレなとぅみーろです。ベッドから出られない毎日を過ごしているヤバい人です。

 

メンヘラというのは非常に大きな括りで、そこには様々なタイプの人が含まれると思います。多種多様なメンヘラがいるわけですから、1人のメンヘラが、ある普通の人が考えているメンヘラの範囲を超えたとき、そのメンヘラは「ファッションメンヘラ」と呼ばれたりします。

 

ファッションメンヘラとは何かといえば、文字通りファッションとしてメンヘラを楽しんでいる・演じている人のことです。「あっこいつ『メンヘラなあたしKawaii』とか『あたし可哀想』とか思っちゃってるな~イタいな~」と思われると、ファッションメンヘラとして判断されたりするんじゃないかなと思います。しかしながら僕は、実際のところファッションメンヘラなんて存在しないと思います。

 

例えばリスカ画像をTwitterに上げて「ぃま手首切った。。。」とツイートする人を見て、「どうせ本当は死のうとなんか思ってない、ただの注目してほしいだけの構ってちゃんだろ」と反応するのは、間違っていると思います。だって自分の手首を、刃物で切ってるんですよ?すごくない?おかしくない?注目してもらうがために自傷行為をするというのは明らかに異常な精神状態だと思います。なぜ自傷行為をするのかという詳しい分析は精神科医に任せたいところですが…。

 

それから、本当に死のうと思っていないうんぬんというのは、僕自身ちょいちょい「あー死にたいなー」とは思うことは多々あるんですけど、過去実際に自殺または自殺未遂をしたことは一度もありません。やはり自殺という一線を超えるには思い切った勇気が必要ですし。

 

そこで思ったのが、「自分は死にたいんじゃなくて、消えたいんだろうな」ということ。死ぬと言えば、電車に跳ね飛ばされたり、飛び降りたり、首を吊ったり、いろいろあるとは思いますが、どれも生命活動が終わるまでに間違いなく苦痛を伴うことが簡単に想像できます。一方、消えるという現象は現実的に起こりうるわけではないけれど、スッ…と霧のように消えていくのを想像すると、いま感じている不安や絶望から解放される上に、死ぬ際に苦痛を感じることもない。

 

人は誰だって死にたくなんかないし、それはメンヘラにとっても同じで、例え夢のようであっても自分が幸せになれるならなりたいと願っているはず。だから、僕を含め死にたいと口にする大半の人は、たぶん死ぬというよりは消えることを望んでるのだと思います。

 

で、「うつは甘え」もそうですが、ファッションメンヘラにおいても、やはりその原因はメンヘラに対する無理解にあるのではないかと思います。メンヘラって、常人では思いもしないような思考を展開するし、実体のない不安に苦しめられたりします。言わば頭で勝手に思考や感情が生み出され、それに支配されているような感覚。なので常人からしたらメンヘラの思考や感情を普通の論理に則って捉えることはできないし、それゆえ「こいつはメンヘラを演じているのでは?」などという考えが生まれてしまうのだと思います。

 

ちなみに、メンヘラはそういうわけの分からない論理の中で生きているので、論理的に正しい批判をしてもあまり意味がないというか、自己否定感を強めるだけだと思います。自己肯定感を大きくする際には、認知療法のように、正論は非常に有効だと思うのですが。

 

無理解が生まれてしまうのも仕方のないことだと思うので、どちらが悪いとかいう話でもありません。ただ、ファッションメンヘラというのは認識の誤りから生まれた幻想なんじゃないかなと思った次第でアリマース。